桜が満開です
「はりけん」の展示やらなにやらで、丸々2週間は休みがなかったのですが、ようやく昨日、ほんの数時間だけ自分の時間ができたので、愛用の針穴カメラに期限切れのカラーネガフイルムを詰めて近所の公園に行きました。
春爛漫って言葉がぴったりの昼下がり。桜の花は下向きに咲くし、満開のときに狂気を感じるので、少し苦手なのですが、それでもこれだけわーっと咲いてると、ほぇーっと見惚れてしまいますね。
電車の中からも、あーあんなとこにも桜があるんだって見ちゃいますよね。
春はいろんなことが蠢く季節。
てなわけで、パートで勤めてる会社で1人退職者が出ました。まー、この会社、人の出入りが激しいので、正直、退職者が出てもなんも感じないんですよ。辞める方にも原因と言い分があるし、もちろん企業側にも問題ありです。私だって、職種を気に入ってるしパートだから続いてますが、正直、正社員では勤めたくないとこです。
ただねぇ、なんていうのか、まー、こういうこと言うところが、おばちゃんの証拠なんですけども、なんかみんな勘違いしてんじゃないの?と思うわけです。
給料をもらってるんだから、それに見合う仕事をしてから、ワークライフバランスとか言ってほしいんだよなぁ。なーんもひとりでできてないのに、ワークライフバランスだけを要求するのは、どうなの?
あと、夢。
夢を持つのはいいこと。反対しないし、持つべきだと思う。でも、人生の夢と仕事の夢をごっちゃにしてないかい?人生の夢とは別に仕事の夢を勝手に描くのはいいけど、それを得られないことで退職するのは何か違うと、私は思う。会社に入って仕事をして理解してひとりでできることが増え、その中でできる持てる夢を描けばいいのに。
仕事は人生じゃないし、人生は仕事じゃない。それなのに、仕事に会社に企業に、給料も夢も希望も生きがいもやりがいも夢も与えてくれ、というのは、贅沢なんでは?と感じます。
好きなことを仕事にし、なおかつそれで食べていけて、そこに夢もあり、やりがいも生きがいもある人も、そりゃ、いますよ。でも、そんな全部ありのことは、才能とか運とか時代とかも必要だし、何より根性と努力が必要なんだよ。
人から見たらどうかはわからないけども、私は幸いにも、いろんなチャンスや人にも環境にも恵まれて、好きなことを仕事にして、なおかつ食べることができ、やりがいも感じて、仕事で人生の夢も希望も手の中にあったことがあるので、言いますが、好きなことを仕事にして楽しそうにしてましたが、水面下ではそりゃぁ努力をしましたよ。勉強もしたしへこたれたり泣いたり落ち込んだりしてました。でも、そんなとこは人にはわからないし、わからせるべきでもないと思ってる。でも、何にもしないでいろんなものを手にできるわけではないんだよねぇ。そういうの、見ようとか感じようとかしてますか?って、聞きたい。
ま、そんな仕事も人生も、おバカな親友のせいで、パーになりましたが、その親友のことを恨んでない。たまたまきっかけが親友のせいにはなったけども、それは私の人生では必要な方向転換のチャンスだったんだと、今はわかる。そして、私はちゃんと立て直したしね。あのままその仕事を続けてなくて良かったとすら、今は思える。
今はパートのおばちゃんですが、それなりに今もきちんと仕事の成果を上げるために、努力も勉強もしてるよ。そして、パートという働き方を自ら選んでる。そういう働き方を選べるように、職歴を積んできたし、選べるように人生を組み立ててきたと思ってる。
嫌いな仕事でも職種でも、仕事なんだからきちんと向き合い勉強して努力して、何かしらの成果が出たら、楽しいもんだよ。嫌いだからと背を向けてたら、何にも得られないし進歩もなくて、もったいない。せっかく、嬉しくない縁だとしても、縁があったんだから、とりあえず全力で向き合ってみることもしないで、投げ出して、それを続けていって、自分を誇りに思えますか? 夢をみられないのは、人のせいですか? 会社のせいですか?
なーんてことを、退職者が出るたびに思ってしまうんだよなぁ。
って、これが歳をとるということなのね。
おばちゃんの独り言でした。
最後は、夜桜。
夜桜って白っぽくなるけども、赤信号の赤い光が反射して、記憶の中の桜色になりました。
今年の桜の針穴写真は、10年間以上前に使用期限が切れたネガで撮ったから、どんなふうになってるのか楽しみ。おまけに感度が400だったので、手持ちで撮った。すぐに結果がわからないところが、フイルムの楽しみのひとつですよねー。